千葉県の市川市動植物園に、今まさに世界中の注目が集まっています。

主役は、オランウータンのぬいぐるみをギュッと抱えて歩く、生後数ヶ月のニホンザルの赤ちゃん「パンチくん」。

その愛らしい姿が話題になったかと思えば、今度は「いじめられている」という衝撃的な動画が拡散され、ネット上は一気に騒然となりました。

動画を見た人たちが「かわいそうで見ていられない」「飼育員は何をしているんだ」と声を上げ、動物園への問い合わせは殺到。

海外メディアの一部でも取り上げられる事態へと発展したのです。

本当にこれは「いじめ」なのでしょうか。

この記事では、パンチくんをめぐる騒動の全貌を、できるだけわかりやすく、でもしっかりと深掘りしながら整理していきたいと思います。

市川市動植物園のパンチくんいじめ疑惑

X(旧Twitter)にある動画が投稿されました。

映っていたのは、パンチくんが群れの中の子ザルに近づこうとした直後、大人の猿に地面を引きずられるシーン。

数秒の出来事でしたが、その映像はあっという間に何百万回も再生され、「先輩ザルの厳しい洗礼を受けるパンチくんが可哀想すぎる」といったコメントとともに国内外に広がっていきました。

正直、あの映像を初めて見たとき、「え、大丈夫なの?」と思わず声が出てしまった方も多いのではないでしょうか。

ネット上には「見ていられない」「助けてあげて」という声が投稿されています。

動物園への問い合わせも殺到し、間違えて「いしかわ動物園」に連絡が入るという混乱まで起きたほどです。

海外ユーザーから「買い取りたい」という声まで届いたというのですから、騒動の規模の大きさには驚かされます。

ただ、ここで一つ重要な事実があります。

最初に広まった動画は、実はシーンの一部が切り取られたものだったのです。

フルバージョンを見ると、引きずられる直前にパンチくんが他の子ザルにマウント行為(乗り上げる行動)をしていたことがわかります。

つまり、パンチくんが先に「ルール違反」をしていた可能性が高かった。

動画の断片だけが感情と一緒に拡散されていったという、SNS時代によく起きるあのパターンです。

市川市動植物園の公式Xアカウントは翌10月20日に声明を発表し、「いじめではなく、群れ内のコミュニケーションの一環」と説明しました。

しかし、これに対しても「納得できない」「もっと保護すべき」という反発の声は根強く残っています。

騒動は今もくすぶり続けているわけですが、ではそもそもなぜパンチくんはこうした「洗礼」を受けることになったのでしょうか。

 

パンチくんがいじめられるのはなぜ?

動画を見た多くの人が「いじめだ」と感じた気持ちは、決して的外れではありません。

あのシーンは、人間の目線からすれば確かにつらいものがあります。

ただ、そこには猿の世界ならではの事情がいくつも折り重なっていて、一つひとつ紐解いていくと、見え方がかなり変わってくるはずです。

①人工哺育で「猿のルール」を知らないため

パンチくんは2024年7月26日に生まれましたが、生後すぐに母親による育児放棄が確認されました。

このため、飼育員さんの手によるミルクの授乳や体温管理、いわゆる「人工哺育」で育てられることになります。

人工哺育そのものは決して珍しいことではなく、動物園では命を救う大切な手段です。

でも、ここに一つの落とし穴があります。

ニホンザルの赤ちゃんは通常、母親の体にしがみつきながら育つ中で、群れのボディランゲージや距離感、「ここまでは許されるけどここからはアウト」という暗黙のルールを体で覚えていきます。

ところがパンチくんは、その学習の場をまるごと経験していない状態で群れの中に放り込まれることになったのです。

 

京都大学の研究でも指摘されているように、人工哺育で育ったニホンザルは「社会的ナイーブ」、つまり社会経験が乏しい状態になりやすく、衝動的な行動が増える傾向があります。

他の猿に無遠慮に近づいてしまったり、子ザルにぐいぐい接触しようとしたりするのも、パンチくんにとっては純粋な好奇心からの行動なのでしょう。

でも群れの側からすると、「なぜこの子はルールを知らないんだ?」という話になってしまう。

これが、叱られる場面が多い根本的な理由です。

 

②他の子ザルへの接触に対する親猿の「躾」

動画で問題になったシーンを具体的に見ると、パンチくんが群れの中にいる子ザルに近づこうとしたところ、その子ザルが嫌がって逃げ、その後に子ザルの母親と思われる大人の猿が介入してきた、という流れになっています。

ニホンザルの母親は子どもを守る本能が非常に強く、他個体が子に近づくと即座に行動に移します。

生物学ではこれを「アゴニスティック行動」と呼び、群れ全体の秩序を保つために不可欠な働きをしています。

ちょうど、公園で知らない子が自分の子どもにぐいぐい近づいてきたとき、思わず割って入る親のようなものかもしれません。

感情的な怒りというより、「そういうことはやめてね」という明確な意思表示なのです。

動物園の声明でも、引きずりは「子ザルが嫌がることをするな、という警告」であり、本気の攻撃とは性質が異なると説明されています。

パンチくんが怪我をしておらず、その後すぐに通常の行動に戻っていたことも、それを裏付けるものと言えるでしょう。

 

③ぬいぐるみを離さないことによる異質性

パンチくんがオランウータンのぬいぐるみを肌身離さず抱えている姿は、見る人の心を和ませますが、群れの他のサルたちにとってはまったく見慣れないものです。

ニホンザルは新しい物体に対して敏感で、「なんだろう、あれ」という好奇心と「ちょっと怖い」という警戒心が同時に生まれやすい。

ぬいぐるみを抱えたパンチくんは、群れの中で言うなれば「なんか変わった子」という印象を与えている可能性があります。

これが直接的ないじめの原因になるわけではありませんが、他の猿との距離感を縮めにくくさせる要因になっているかもしれません。

パンチくんがストレスを感じたときにぬいぐるみにしがみつく行動は、人工哺育時代の安心基地に戻るようなものです。

でも、そのたびに群れから少し離れてしまうという側面もあります。

福山大学の専門家も、こうした人工物への依存が社会統合を遅らせる一因になりうると指摘しています。

「ぬいぐるみがあるから安心できる」という気持ちと、「ぬいぐるみがあるから群れになじめない」というジレンマ。

パンチくんが抱えているのは、そういう複雑な事情でもあるのです。

 

④群れへの再統合プロセスで避けられない「洗礼」

パンチくんが群れに戻ったのは2026年1月19日ごろのこと。

生後約6ヶ月というタイミングで、初めて「猿の社会」に本格的に飛び込んでいきました。

動物園としても、これが試練になることはある程度予測していたようで、声明の中でも「覚悟していた出来事」という表現が使われています。

ニホンザルは50頭から100頭規模の群れで生活し、新参者は必ず序列の下から出発します。

叱責を受けながら、「これはやっていい」「これはダメだ」を体で覚えていくのが、猿社会への入学試験のようなものです。

 

勝山ニホンザル集団を対象にした研究でも、再統合時に見られる引きずりや押さえつけは「虐待」ではなく社会化の一部であると結論付けられています。

パンチくんにとってはつらい経験に見えますが、これを経ないまま育つと、成獣になってからも孤立し、生存率が大きく落ちると言われています。

長い目で見れば、今のうちにこうした「洗礼」を受けることが、パンチくんの将来を守ることにつながっているとも言えるのではないでしょうか。

⑤飼育員が介入せず見守り続ける教育的方針

 

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X

 

「なぜ飼育員さんは助けに入らないの?」という声は、パンチくんを心配する人たちから最もよく聞かれる疑問の一つです。

これには、動物福祉の観点からの明確な考え方があります。

飼育員さんたちは毎日パンチくんを観察しており、エサの時間にも異変がないことを確認しています。

ケガが生じたり、本気の攻撃が加わったりする危険な状況であれば、すぐに保護する体制は整っている。

でも、叱責やコミュニケーションの範囲であれば、それはパンチくんが「猿として生きる力」を身につけるための大切な経験として、あえて見守る方針をとっているのです。

人間の感情に寄り添って介入しすぎることが、かえってパンチくんの成長を妨げ、将来的な孤立を招くリスクがある。

これがズーアニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に基づいた、動物園の判断です。

「かわいそうと思うのではなく、応援してあげてください」という飼育員さんからのメッセージには、そうした長期的な視点が込められているのかもしれません。

 

パンチくんのママは誰?育児放棄の理由と現在の関係

パンチくんの母親は、今もサル山の群れの中にいます。

ただ、市川市動植物園は母親の個体名や特定できる情報を公開していません。

個体を特定することで本人(サル)へのストレスが増したり、群れ全体のバランスが崩れたりするリスクを避けるためです。

「どの子がお母さんなの?」と気になる気持ちはよくわかりますが、ここはぐっとこらえるしかなさそうです。

では、なぜ母親はパンチくんを育てなかったのでしょうか。

主な理由として考えられているのは、出産による体力消耗が推測されるということです。

ニホンザルの野生集団でも、母親の体調不良や過剰なストレスが引き金になって育児放棄が起きることは確認されています。

母親が「育てたくなかった」というより、「育てられない状態だった」と見るのが適切な解釈でしょう。

現在、母親とパンチくんは同じ群れの中で生活していますが、親子らしい交流は限定的なようです。

育児放棄から時間が経つことで、母と子の絆は薄れやすいと言われており、ニホンザルは基本的に臭いや行動で親子を識別しますが、放棄後は互いに「他の猿の一頭」として認識している可能性が高い。

それでも、パンチくんが完全に孤独かというとそうではありません。

群れの中にはアロマザリング(母親以外のメスが育児を手伝う行動)を示す個体もいます。

 

パンチくんがかわいそう…

「見ていられない」「助けてあげて」「ぬいぐるみを抱えて逃げる姿が涙を誘う」——ネット上に並ぶパンチくんへの声は、どれも切実です。

こうした声を読んでいると、胸がぎゅっとなりますよね。

特に人々の胸を打つのが、ぬいぐるみを離さないという行動です。

 

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何かあるたびにオランウータンのぬいぐるみに飛びつくパンチくんの姿は、「生まれたときからお母さんのぬくもりを知らずに育ってきた子が、唯一の安心できるものにしがみついている」という文脈で受け取られています。

コメントの中には「オランママにすがるパンチくんを見ていると、胸が痛い」という声もあり、それが感情的な反応を一層強めているように見えます。

動物園の「これは教育であり、いじめではない」という説明に、どうしても納得できないという人も少なくありません。

その気持ちは、よくわかります。

ただ、なぜ納得しにくいのかというと、私たちが「かわいそう」と感じるとき、無意識に人間の子どもの姿をパンチくんに重ねているからではないかと思うのです。

  • ぬいぐるみを抱える姿
  • 叱られて逃げ込む姿
  • 群れになじめない姿

それらはどれも、孤独な子どもを連想させる要素です。

でも、猿の世界に人間の価値観をそのまま当てはめると、見えるものが歪んでしまいます。

パンチくんにとっての「幸せ」は、人間が「助けてあげたい」と思う形とは異なるかもしれない。

飼育員さんや専門家が「見守ること」を選んでいるのも、そういう理解の上でのことです。

もちろん、「それでもかわいそうだと思う」という感情を否定する必要はないと思います。

パンチくんへの関心と愛情は、こうした動物の福祉についての議論を広める力にもなっています。

ただ、動画の一場面だけで全部を判断するのではなく、パンチくんが少しずつ群れに馴染みながら成長していく過程を、長い目で応援するのが一番の支援になるのかもしれません。

来園者は引き続き増加中で、週末は混雑しているそうです。

それだけ多くの人がパンチくんのことを気にかけているということでもあります。

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