2026年2月、ネット上を震撼させる動画が拡散されました。

銀座の人気クリニック院長が、交際相手の飼い猫を投げ飛ばし、全体重で押し潰す姿がペットカメラに記録されていたというのです。

猫虐待のリーク・デスドルノート

暴露系配信者コレコレ氏の配信をきっかけに、その人物は銀座まいにちクリニック院長・山本悠太氏と特定され、SNSは怒りの声で埋め尽くされています。

「命を救う側の人間が、なぜ無抵抗な命をそんな扱いできるのか」――この疑問は、多くの人の心に深い不安を残したのではないでしょうか。

正直なところ、私自身も動画を見て背筋がゾッとしました。

この記事では、拡散された動画の内容整理から、法的な問題点、そして「なぜサイコパスと呼ばれるのか」という人格面の考察まで、できるだけわかりやすくまとめていきます。

猫を投げる動画がSNSで炎上

まずは、今回の騒動がどのようにして始まり、何が問題視されているのかを整理しておきましょう。

猫を投げ飛ばし全体重をかける非人道的な行動

事の発端は、2026年2月8日頃のコレコレ氏によるライブ配信でした。

配信に登場した元交際相手の女性が、留守中の自宅に設置していたペットカメラの映像を公開したことで、一気に火がついた形です。

映像はわずか15秒ほどですが、その内容は衝撃的なもの。

猫を高く放り投げて壁や床にぶつける、猫の上に覆いかぶさって成人男性の全体重をかけて押し潰す、布団でくるんで身動きできない状態にする――こうした行為が複数回にわたって記録されていました。

ここで見逃せないのは、これが「一度きりの事故」ではなく、繰り返し行われていた形跡がある点でしょう。

ペットカメラに何度も映っているということは、日常的にこうした行為があった可能性を示唆しています。

猫が逃げようとしている様子も映っていたとされ、「じゃれ合い」や「遊び」の範囲とは到底思えない内容だったようです。

配信後、ネット上では「銀座の有名クリニックの院長」というヒントや、動画内の人物の特徴、年齢層、都内在住の医療関係者という情報が次々と照合され、山本悠太氏の名前が浮上。

クリニック公式サイトの医師写真との類似も指摘され、Xや5chを中心に瞬く間に特定・拡散が進みました。

まさに、ネット特定班の総力が注がれた炎上劇と言えるでしょう。

「遊んでいただけ」という釈明が恐怖を煽る理由

今回の炎上で、動画そのものと同じくらい人々の心を凍らせたのが、本人のものとされる釈明の内容でした。

配信内の情報によれば、山本氏は「悪気はなかった」「遊んでいただけ」と説明したとされています。

この言葉が、なぜここまで恐怖を増幅させたのでしょうか。

それは「やりすぎた、反省している」という反応とはまるで違う種類の言葉だったからです。

普通、自分の行為で他の生き物が苦しんでいるとわかれば、多少なりとも「まずかった」という気持ちが湧くものでしょう。

ところが「遊んでいただけ」という言葉には、そもそも猫が痛がっていたという認識自体が欠落しているように聞こえます

つまり、やったことへの後悔ではなく、「何が問題なのか本気でわかっていない」という印象を与えてしまっている。

たとえるならこれは、交通事故を起こした人が「ぶつかっただけ」と言っているようなもの。

いじめ問題の際に、加害者が被害者に対して「遊んでただけ」と言ってるようなものだからです。

つまり、被害の認識そのものがズレていると感じてしまうわけです。

だからこそ、ネット上では「反省できない人間が一番怖い」「こういう人が医師をやっている恐ろしさ」という声が一気に広がったのでしょう。

私がこの釈明で感じたのは、怒りよりも先に「この医師の得体の知れなさ」でした。

動物愛護法違反の罪にふれないの?

次に気になるのは、これだけの映像が出回っている中で、動物に対するこのような扱いは法律的にはどうなるのかという点です。

「動画があるのになぜ逮捕されないの?」と感じている方も少なくないのではないでしょうか。

法律上どう処罰されるか?

日本の動物愛護管理法では、動物への加害行為に対して大きく二つの罪が用意されています。

一つ目は、いわゆる「愛護動物の傷害・致死」にあたる罪です。

みだりに動物を傷つけたり、命を奪ったりした場合、5年以下の懲役または500万円以下の罰金が科されます。

2019年の法改正で厳罰化されており、以前と比べてかなり重い刑罰になりました。

 

二つ目は「虐待罪」にあたるものです。

直接的な傷害には至らなくても、不必要な苦痛を与える行為がこれに該当し、1年以下の懲役または100万円以下の罰金となります。

今回の動画で指摘されている「投げつけ」「全体重での圧迫」は、仮に事実であれば、前者の傷害罪に該当する可能性が十分にあるでしょう。

猫の骨格は人間よりはるかに脆く、成人男性の体重がかかれば骨折や内臓損傷のリスクは極めて高いのです。

「遊び」の範囲を大きく逸脱していることは、映像を見た多くの方が感じている通りではないでしょうか。

警察が慎重に動く理由

では、これだけ動画が出回っているのに、なぜすぐに逮捕とならないのか。

もどかしさを感じている方は多いかと思います。

現時点で築地警察署には多数の通報が寄せられており、調査は進んでいるとされています。

ただ、警察が慎重に動く理由はいくつか考えられるのです。

まず、動画の真正性の確認が必要という点があります。

ネット上で拡散された映像が、いつ・どこで・誰によって撮影されたものか、改ざんや編集がないかの検証は避けて通れない手続きです。

 

次に、被害動物の状態確認も重要になります。

猫が現在どこにいて、どのような健康状態なのか。

実際に傷害があったのかどうかの獣医学的な判断がなければ、「傷害」か「虐待」かの線引きも難しくなるでしょう。

さらに見落とされがちですが、動物虐待事件は被害者が「証言」できないという特殊な性質を持っています。

人間同士の暴行事件とは異なり、被害を受けた側が被害届を出すことも、状況を説明することもできません。

そのぶん、物的証拠の積み上げが慎重にならざるを得ないわけです。

もっとも、有罪となった場合のインパクトは非常に大きいものとなります。

医師法では、罰金刑以上の有罪判決を受けた場合、医道審議会で免許の取消しや医業停止が検討される仕組みになっています。

つまり、刑事罰だけでなく、医師としてのキャリアそのものが終わる可能性もあるということです。

山本悠太医師がサイコパスと疑われる理由

ここからは、なぜネット上で挙がっている「サイコパスではないか」という声について掘り下げてみたいと思います。

もちろん、正式な心理診断は専門家にしかできませんし、現時点ではあくまで疑惑の段階であることは押さえておく必要があります。

ただ、今回の行為とその後の反応には、心理学でいう「反社会性パーソナリティ」の特徴と重なる部分が複数見られるため、一般論としてその構造を整理してみましょう。

①高い知能と感情の乖離

サイコパスと聞くと、映画に出てくるような見るからに危険な人物を思い浮かべるかもしれません。

しかし実際には、知能が高く社会的に成功しているケースが少なくないと言われています。

慶應義塾大学医学部を卒業し、銀座の一等地でクリニックを開業するというキャリアは、客観的に見てかなりのエリートコースです。

ところが、心理学の研究では「高い知能」と「感情的な共感力」は必ずしも比例しないことがわかっています。

頭では「猫を乱暴に扱えば痛い」と理解できていても、それを「かわいそう」と感じる回路がうまく機能していない。

これが「知能と感情の乖離」と呼ばれる状態で、外からは「優秀で冷静な人」に見えますが、内面では他者の痛みに対する実感が極端に薄いのです。

むしろ、この冷静さが医療の現場ではプラスに働く場面もあるというのが、なんとも皮肉な話でしょう。

手術中に感情が揺れない、緊急時にパニックにならない――そういった資質として評価されることすらあるのですから、周囲が見抜くのは極めて困難です。

研究の中には「外科医のサイコパシー傾向スコアが平均より高い」というデータもあり、冷静さと冷淡さの境界線がいかに曖昧かを物語っています。

 

②弱者を支配するサディズム的側面

今回の動画を見た多くの方が直感的に感じたのは、「あれは怒りの爆発ではなく、支配の行為だ」という点ではないかと思います。

心理学では、サイコパシーとサディズムは別の概念として区別されています。

サイコパスが「感情の欠如」によって冷淡に振る舞うのに対し、サディストは「相手の苦痛そのものに満足感を得る」という違いがあるのです。

ただし、この二つは重なり合うことが多く、「ダークテトラッド」と呼ばれる闇の四特性として研究されています。

抵抗できない猫に対して繰り返し力を行使する行為は、ストレス発散というよりも、自分より弱い存在を完全にコントロールすることへの欲求が透けて見えるのではないでしょうか。

もし仕事のプレッシャーが原因なら、物に当たる人はいても、生き物を標的にするのはまた別の心理が働いていると考えるのが自然です。

心理学者が「動物への加害は、対人暴力のリハーサルになり得る」と警鐘を鳴らしてきたのも、この力の構造が人間関係にそのまま転用されるリスクがあるからなのです。

医師という職業であるからこそ、そこに危惧が生まれるのです。

③罪悪感を感じない特異な精神構造

先ほど触れた「遊んでいただけ」という釈明が、この点をもっとも象徴しています。

反社会性パーソナリティの大きな特徴の一つが、罪悪感の不在です。

通常、人間は自分の行為で他者が苦しんでいると知れば、程度の差はあれ「まずかった」という感覚を持つものでしょう。

この感覚があるからこそ、行動を修正できますし、同じ過ちを繰り返さずに済みます。

ところが、罪悪感のセンサーが機能していない場合、「自分は悪いことをしていない」と本気で信じ込むことがあるのです。

これは「嘘をついている」のとは根本的に違います。

本人の中では本当に問題がないと感じているからこそ、周囲から見ると「反省がない」「開き直っている」と映り、余計に底知れぬ怖さを感じさせるのでしょう。

FBIの研究でも、動物への加害歴がある人物は将来的に対人関係でも問題を起こすリスクが高いとされており、罪悪感の欠如はその重要な指標の一つとして扱われています。

いわば、「壊れたブレーキのまま走り続ける車」のようなもの。

本人にはスピードを出している自覚すらないのですから、止めようがないというのが恐ろしいところです。

 

④目的達成のためなら手段を選ばない性質

サイコパス傾向が指摘される人物に共通するもう一つの特徴が、目的合理性の極端な偏りです。

自分の目標に向かって突き進む推進力は、ビジネスや医療の世界では「決断力がある」「ブレない」と高く評価されます。

しかしその裏側では、他者の感情や倫理的なブレーキが効きにくいという危うさを抱えているのです。

365日年中無休のクリニックを銀座で運営し、メディア露出もこなすというバイタリティは、たしかに並外れたものがあります。

しかし、もしその原動力が「他者への共感」ではなく「自己の成功」だけに向いていたとしたら、患者に対しても「治す」より「回す」が優先されていた可能性は否定できません。

元患者からの口コミに「診察が冷淡だった」「威圧感があった」という声が上がっているのは、こうした構造と無関係ではないのかもしれません。

もちろん、これらはすべて状況証拠と一般論に基づく推測に過ぎないという点は、改めて強調しておきます。

ただ、「エリート医師が裏では弱い命を弄んでいた」という構図が人々にここまで強い恐怖を与えるのは、それが単なる個人のスキャンダルでは終わらないからでしょう。

医療という信頼のシステムそのものに穴があることを、この一件は示しているように思えます。

動物への加害行為は、犯罪であると同時に、その人物が持つ内面の危険信号でもあります。

猫の安全が最優先であることは言うまでもありませんが、今回の件をきっかけに「信頼される立場にいる人」が本当に信頼に値するのかを考え直す機会にもなるのではないでしょうか。

事実の全容が明らかになるまで、冷静に、しかし関心を持ち続けていきたいと思います。

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