スノボ女子スロープスタイル決勝の採点基準を超わかりやすく解説|ミラノコルティナ五輪
テレビの前で「えっ、これで銅メダル?」と思った人、正直に手を挙げてほしいと思います。
現地時間2026年2月18日(日本時間19日未明)、ミラノ・コルティナ冬季五輪の女子スノーボード・スロープスタイル決勝がイタリアのリヴィーニョ・スノーパークで開催されました。
悪天候による1日延期を経てようやく実現したこの決勝、結果は金メダルが深田茉莉選手(87.83点)、銀メダルがゾイ・サドウスキー=シノット選手(ニュージーランド・87.48点)、そして銅メダルが村瀬心椛選手(85.80点)でした。
日本勢がワンツーで表彰台に並ぶという、スノーボード史上でも語り継がれるであろう快挙を達成した瞬間でもあったのですが、試合終了直後から「村瀬選手の点数が低すぎる」「ニュージーランドの選手の点も高すぎでは」「採点に時間かけすぎで何か腑に落ちない」という声がネット上に一気に溢れ出しました。
お祝いムードよりも「採点論争」が先行してしまった、なんとも複雑な夜だったのではないでしょうか。
そしてこの不満、半日以上経った日本時間19日朝になっても収まるどころか、むしろ国際的に拡大しているのです。
この記事では、その論争の中心にある「なぜ村瀬選手は銅メダルだったのか」という疑問に、スノーボード経験者の生の声や最新の海外メディアの反応も交えながら、できる限りわかりやすく切り込んでいきます。
目次
NBCレジェンドが激怒した夜…世界に広がる採点不満
国内だけで騒ぎが収まっていれば、まだよかったかもしれません。
日本時間19日未明、THE ANSWERが配信した記事でとんでもない発言が飛び出しました。
NBC(アメリカの放送局)のスノーボード解説者で、スノーボード界のレジェンドとも呼ばれるトッド・リチャーズ氏が、「平野歩夢以来、最悪のジャッジだ」「全く理解不能」「間違いなく金メダルだ」「審判は謝罪が必要」と痛烈に批判したのです。
リチャーズ氏は「村瀬選手のラン3はジャンプすべてが完璧で、あのスピードを維持しながらコースをねじ伏せた。90点台でもおかしくない内容だ」とまで言い切りました。
さらに「720(720度回転)を2回跳んだ滑りがどうして上回るんだ?」と、深田選手のランへの疑問もぶつけています。
これがXで爆発的に拡散され、日本時間の朝になっても「ひどい採点」「リチャーズ激怒」関連の投稿が続き続ける事態になりました。
海外スノーボード専門メディアのSnowboarder Magも「審判・スピード・問題だらけ」というタイトルで酷評。
「レール1カ所のミスを厳しく罰しすぎ」「ジャンプの高さやスピードが十分に評価されていない」「選手たちもスコアを見て衝撃の表情だった」と報じています。
Redditや海外スノーボードコミュニティでも「Murase deserved gold(村瀬が金に値する)」「judging was bullshit(採点はひどかった)」という同調の声が多数流れています。
これだけ世界中のスノーボード関係者が声を上げているという事実、決して軽く流せないものがあります。
村瀬心椛「何がダメだったのか自分でもわからなかった」
当の村瀬選手本人も、スコアが出た瞬間は状況が飲み込めなかったようです。
村瀬選手の決勝3本の流れを振り返ると、ラン1で79.30点を出して首位発進、ラン2では転倒により30.56点という悔しい結果に終わり、そして最終ラン3で85.80点を出して銅メダルを確定させた、という展開でした。
ラン3を終えた直後、村瀬選手はガッツポーズをしていました。
周囲のスタッフも金メダル確信のムードだった。
それがスコアを見た瞬間に表情が一変し、表彰式では悔し涙を流す場面が日本全国に映し出されました。
インタビューでは「最大限の技を出し切って、最後は絶対優勝しただろうなと思ったけれど…点が出なかった。何がダメだったのか自分でもわかりませんでした」という言葉が飛び出しています。
「2冠、金金を目指していたので、思ったような点数は出ずに、今までで一番いいランだったのに銅は悔しい」という言葉も、多くの人の心に刺さったのではないでしょうか。
ただ、その後のインタビューでは「次は絶対に金・金を取って、悔しい思いを次の五輪でぶつけてやろうと思います」と闘志を燃やす姿に切り替わっていました。
悔しさを燃料に変える強さ、これが村瀬心椛という選手の真骨頂なのかもしれません。
スノーボード経験者目線で見てみると…
ここで少し視点を変えてみましょう。
中継を見ていた多くの視聴者が「村瀬選手のほうが絶対すごかった」と感じたのは、ごく自然な反応です。
でも実際にスノーボードの大会に出た経験を持つ人たちは、2人のランを見比べたとき「だからマリちゃんが勝ったのか」と納得したと話しています。
その理由が、単純に「大技の数や派手さ」ではないところにあります。
まず押さえておきたいのが、深田選手のジブセクション(前半のレール部分)は全くブレも減速もなくすべてクリーンだったという点です。
ジャンプも3発ともクリーンメイク、着地も完璧で、全体が一切の失速なく美しく流れました。
一方の村瀬選手は、ジャンプ3発の見応えは文句なしで、トータルの難易度も非常に高かった。
ただ、前半のジブセクションで僅かにブレが生じ、着地後にスピードを乗せ直す瞬間があったとのことです。
他のライダーの滑りを見ていても気づかないような、本当に微細なレベルのミスだったようですが、それが採点に響いたと考えられています。
さらに、ジャンプ1発目の1260でも空中での僅かなバランスの乱れか、深田選手との着地のクリーンさの差で、わずかな減点があったとも言われています。
「どこが?」と言いたくなる気持ち、本当によくわかります。
でもそれが、スロープスタイルという競技の恐ろしいほどの繊細さなのです。
多くの人は深田茉莉の巧さを見落としている?
ここで多くの人が見落としていた事実を一つ紹介します。
村瀬選手が決めた「トリプルコーク1260」はもちろん世界最高峰の大技ですが、実は深田選手も1260(スイッチ・バックサイド1260)を決めているのです。
しかもスイッチ(逆向きのスタート)で、さらに最後の180度をクイックに合わせる形で入れてきた。
スノーボード経験者に言わせると「一見10(1080)で終わると思ったくらい」のタイミングで決めてきたと言います。
難易度という観点では、ジャンプ1発目に限れば深田選手の1260のほうが上だったという見方もあるのです。
「村瀬選手のほうが絶対難しいことをやっていた」という印象が強かっただけに、これは少し意外に感じた人も多いのではないでしょうか。
もちろん、コース全体のジャンプのトータルでは村瀬選手の難易度が上回る部分はあります。
ただ、「深田選手は簡単なことしかしていない」というわけでは決してなかった、というのは頭に入れておくべき事実です。
今回のコース、実はかなり過酷だった
採点論争に加えて、もう一つ忘れてはいけない話があります。
今回のリヴィーニョ・スノーパーク、コースコンディションがかなり厳しい状態だったのです。
元々コンパクトなコースの割に、最後のキッカー(ジャンプ台)はかなり大きい設計になっています。
セクションとセクションの間隔が狭いため、ジブで一発ミスが出るとその後の流れに直接影響が出てしまう構造でした。
さらに悪いことに、前日に雪が降ってバーンが柔らかくなっていたのです。
柔らかい雪では着地で板が食われやすく、抜けるタイミングでも板が走らなくなります。
「着地点は大荒れ」「板が全然走らない」という、オリンピックの舞台としてはかなり厳しいコンディションだったという声がスノーボード関係者から上がっています。
このような状況では、大技を得意とする選手ほどエッジを瞬間的に立てなければならず、クリーンメイクが難しくなります。
ジブセクションでも、普通の大会では問題にならないような柔らかさで足を取られるリスクが高まっていました。
そうした悪条件を読み切り、丁寧にクリアしてきた深田選手の判断力と対応力には、あらためて舌を巻きます。
「自然の中でやっているから仕方ない面もあるけど、もう少し何とかならなかったのか」という声も出ていますが、これは五輪特有の難しさとも言えるのかもしれません。
もしXゲームだったら?競技ごとに変わる「正解の滑り」
ここで面白い視点を一つ紹介しましょう。
スノーボードに精通した人たちの間でこんな話が出ています。
「もし今回がオリンピックではなくXゲームだったら、結果は全く違っていたと思う」という見方です。
Xゲームでは大技の採点比重が大きい傾向があると言われており、同じ滑りをXゲームに持ち込んだ場合、トップは村瀬選手とゾイ・サドウスキー=シノット選手が争い、深田選手は3位か4位になっていた可能性があるというのです。
これは深田選手が劣っているという話ではありません。
同じ競技に見えても、大会によって「何が評価されるか」のバランスが微妙に違う、という話なのです。
オリンピックとFISの採点基準は「コース全体のトータルな完成度」を重視するため、1カ所の神がかり的な大技よりも6セクション全体の安定感が評価されやすい構造になっています。
村瀬選手の「大技の爆発力」は、ある意味でXゲーム的な魅力に溢れていた、と言えるのかもしれません。
どちらが「正しい」のではなく、競技のフォーマットによって輝く選手の種類が変わってくる、というのはスポーツの奥深さのひとつではないでしょうか。
それでも数字は嘘をつかない…セクション別で見る2.03点差の中身
論争の感情的な部分を一旦置いて、公式スコアを冷静に見ていきましょう。
スロープスタイルのコースは6つのセクションで構成されていて、前半3つがレール・ジブ系、後半3つがジャンプ系です。
各セクションの評価と、全体の流れや創造性を見る「構成スコア(Composition)」が合わさって最終得点が決まります。
両選手のラン3のセクション別得点はこうなっています。
セクション1(最初のジブ):深田選手 8.70点 / 村瀬選手 4.70点(差:4.00点)
セクション2:深田選手 7.85点 / 村瀬選手 9.00点
セクション3:深田選手 7.95点 / 村瀬選手 8.50点
セクション4(大技ジャンプ):深田選手 10.00点 / 村瀬選手 10.00点(同率満点)
セクション5:深田選手 7.70点 / 村瀬選手 8.50点
セクション6:深田選手 8.30点 / 村瀬選手 9.10点
トリック合計:深田選手 50.50点 / 村瀬選手 49.80点
構成スコア:深田選手 37.33点 / 村瀬選手 36.00点
総得点:深田選手 87.83点 / 村瀬選手 85.80点
この表を見ると、セクション2〜6はすべて村瀬選手が上回っていることがわかります。
大技のセクション4は両者とも10.00点の満点で同率。
それなのに最終得点で負けてしまった原因が、セクション1の4.70点という数字に集約されています。
深田選手の8.70点と比べると4.00点の差。
この1カ所だけで生まれた差が、最終的な2.03点差のほとんどを説明してしまうのです。
「たった1セクションのレールミスでこれだけ響くのか」という感覚が採点への不満につながっているわけですが、これがスロープスタイルというルールの根幹にある現実なのです。
そもそもスロープスタイルって何を競っているの?
「なんでジャンプだけで評価してくれないの?」という疑問が出るのは当然で、ここがビッグエアとスロープスタイルの根本的な違いです。
ビッグエアは1〜3本のジャンプ勝負で、1発の超大技で逆転できるシンプルな競技です。
村瀬選手がミラノ五輪で最初に金メダルを取ったのはビッグエアで、あのフォーマットならトリプルコークを完璧に決めれば最高得点が出ます。
対してスロープスタイルは、コース上の6カ所すべてを使った「全体の総合力」で勝負する競技です。
FIS(国際スキー・スノーボード連盟)の採点基準では、難易度(Difficulty)、実行力(Execution)、高さや距離(Amplitude)、多様性(Variety)、進化性(Progression)の5観点で各セクションを評価します。
さらにコース全体の流れ・創造性・リズム・スタイルを見る構成スコアも加わります。
フルコースのディナーに例えるなら、前菜でつまずくとメインがどれだけ豪華でもコース全体の評価が下がってしまう、そういう構造です。
1つの大技だけで勝てるのはビッグエアであって、スロープスタイルではない。
これがわかると、今回の結果に「なるほど」と思える部分が出てくるのではないでしょうか。
「瞬きひとつで採点が変わるレベル」だったジャッジの難しさ
とはいえ、今回の審判も相当難しい判断を迫られていたのは確かです。
深田選手87.83点、ゾイ選手87.48点、村瀬選手85.80点という結果を見ると、上位3人の点差は合計でわずか2点ちょっとです。
スノーボード経験者はこれを「瞬きひとつのタイミングの違いで採点が変わるレベルだった」と表現しています。
なかでも採点に時間がかかっていた場面が視聴者の「何かおかしい」という感覚を強めた面もあったのかもしれません。
9人の審判団が最高点・最低点を除外して平均を取る方式ですが、これほど僅差の戦いでは審判の間でも意見が分かれた可能性が高い。
「減点を厳しく見た結果が今回の順位になった」という見方は、採点競技の宿命とも言えます。
Xゲームと違い、五輪やFIS公式戦はPAVED基準(Progression・Amplitude・Variety・Execution・Difficulty)を全セクション均等に評価するルールで運営されており、現時点でFISやIOCからの公式コメントや採点見直しの発表はありません。
つまりルール上は正当な採点だったということになりますが、だからこそ「ルール自体を見直すべきでは」という議論が今後出てくるかもしれません。
深田茉莉19歳の金メダル、そして村瀬心椛の次章へ
採点論争に引っ張られすぎて、深田茉莉選手の快挙が少しかすんでしまっているのは、正直もったいない気がしています。
19歳の五輪初出場で金メダルを獲得し、日本女子冬季競技最年少金メダリストという記録を打ち立てた深田選手。
全セクションをブレなく滑り切る安定感と、悪コンディションを読んで対応した判断力は、ベテランでもなかなか難しいことをやってのけた結果です。
村瀬選手はビッグエア金メダルに続くスロープスタイル銅メダルで、日本スノーボード史上初の1大会複数メダルという歴史的快挙を成し遂げました。
ミラノ五輪のスノーボード競技でスロープスタイル終了時点において、日本勢のメダル獲得は9個。
冬季五輪の日本勢メダル数も過去最多ペースで更新中という、まさに歴史の真っただ中にいる瞬間です。
悔し涙を流した村瀬選手が「次は絶対に金・金を取って、悔しい思いを次の五輪でぶつけてやろうと思います」と言い切った言葉は、4年後への宣戦布告です。
セクション1のジブを完璧に仕上げた村瀬心椛が次に立つとき、今回の銅メダルが「あの転換点だった」と語られる日が来るに違いありません。
採点に納得がいかなくても、両選手がこの夜に見せたものは本物の強さでした。
その事実だけは、スコアがどうであれ変わらないのではないでしょうか。
